長沢ヒロ&HERO インタヴュー

〜以下の内容は1978年7月15日発行のURC機関誌「DO WHAT YOU LIKE」第15号に掲載された記事を復刻したものです〜

●INTERVIEW●

@池袋「宣伝酒蔵」1978.5


◎長沢博行(vo,b):出身地/新潟
ヒーロー結成以前は、安全バンドのベーシスト、ボーカリストとして活動

◎牧野哲人(g,cho):出身地/札幌
ヒーロ加入以前は北海道でマーシャン・ロードのリーダーとして76年春から77年9月まで在籍

◎中島幸雄(key,cho):出身地/札幌
ヒーロ加入以前はマーシャン・ロードに76年夏から77年秋まで在籍

◎高橋まこと(ds):出身地/福島市
ヒーロ加入以前は仙台でキングビスケットというグループで1年ほど活動

※長沢氏には主にヒーロー結成までの経緯と現状について、他のメンバーには、ロックをやるようになったきっかけ、好きなグループ、この国のロックについて思うことなどを質問しました(文責:編集部)


長沢:安全バンド解散後しばらくは何もやってなかったんだけど、早くメンバーを見つけようと思って、去年の夏過ぎから北海道へ行って、有名なマーシャン・ロードというバンドの牧野君と中島君を、その前に仙台へ行ってドラムのまことを見つけてきたわけだけど、安全バンドの時は、個人個人の好みというか進む方向性というのが違いすぎてたのね。

それで、好みは別としても方向はそれなりに似たような奴、というのと、ずばぬけた何かを持ってる奴を探したかったわけ。それまでメンバー探しも兼ねて都内でアマチュアのコンテストの審査員なんかもやってたんだけど、地方で東京をめざしてやってる奴って、すごい一所懸命じゃない。そういうがむしゃらさのある奴というのもあった。

ドラムのまことに関しては、ずっと前グレープジャムってバンドやってて、ツェッペリンみたいな感じの曲やってたということ以外、その頃の記憶っていうのはないんだけど、面識はあってさ、その後どうしてるかなって思ってて、会った時はティンパン系のサウンドでちょっとガッカリしたんだけど、他のメンバーが単にギター弾いてます、ベース弾いてますって調子だったのに比べて、ドラムだけは「ステージを一所懸命盛り立てよう」「自分が何とかしてやろう」という意気込みがすごく感じられたから決めたんだけどね。

ギターのマキ(牧野)に関しては、ギタリストというよりもコンポーザー的っていうか、曲を作っていくタイプなのね。キーボードの中島も、曲を作る才能があって、ていうのは同じ感じなんだけど、シンセの使い方がすごいうまいというか、普通のエレキ・ピアノ・オンリーとかハモンド・オルガン・オンリーというのじゃなくて、キーボードでカラフルな音作りをしようというタイプ。そういうのってそうはいないし、魅力があった。

メンバーを決めたいきさつっていうのはそんなとこだけど、メドがついたのは去年の9月ごろで、メンバーが東京へ出てきて全員そろったのは10月ごろだったかな。俺の作った曲とかやりたい曲を録音したテープを聴かせて、一緒にやれるかどうか両方の納得の上で決めて来たから、最初のサウンド作りには問題はなかったけど、最初のイメージどおりではありつつ、やっぱり個人個人の世界があるから必然的に変わってきた面はあるね。俺自身は安全バンドの時と変わってないんだけどさ。

キーボードはブリティッシュ系の音が基本になってるし、ギターについても安バンのトモ(相沢友邦)のアプローチの仕方とはだいぶ違ってるし、だいぶポップになってるよね。まぁ安全バンドの時と違って、全体に今はメンバーの志向するジャンルが似ていて、似てるけど少しずつ違ってて、そのあたりで逆に歯がゆさとして感じられる時もあるけどさ。

「ロック御三家」*みたいなのが売れてるけど、自分たち本位じゃないのは極力避けたいし、でも売れなきゃロック・バンドとしての名前もなくなるという傾向もあるしさ・・・売れる売れないということに関しては、むろん素材として魅力がなければ話にならないんだけど、レコード会社が宣伝に力を入れるとか、お金を出すとかさえしてくれれば、歌謡曲に媚び売ったりしなくても、日本のロックはやっていけると思うんだけどね。

高橋:ドラム始めて10年ぐらいになるんじゃないかな。だって中一の頃からだから。小学校の頃、悪友がギター弾いてて、その兄貴がエレキギターを持ってたんだよね。そこでベンチャーズとかビートルズとか聴かされるうちに、俺もやってみたいなって思うようになったんだ。最初はギターめざしてたんだけどすぐ挫折して、即ドラムに転向したというか、そんな感じ。ドラマーでは、ジョン・ボーナムとかキース・ムーンとか、やっぱハードの御大みたいな人が好きです。

安全バンドは何べんも観たし、共演したこともあります。あの当時、ヒロは政治的に偏った・・・過激派のリーダーみたいな感じだと思ってたんだけど、接してみたらアホの塊みたいなんで(笑)、安心しました。ヒロの曲はすごい好きなんだ。やっぱ詞がいいんじゃないかなぁ。最後に、ヒーローはいいバンドです!レコード出たらぜひ買ってください!!


中島:キーボード歴は7〜8年くらいですね。最初はボーカルだったんですけど、キーボードがいないからおまえやれってことで、キーボードをさわったところがのめりこんでしまって・・・。一番最初にコピーしたのは「青い影」です!プロコル・ハルムの。リック・ウェイクマンとかゲイリー・ライト、それからボブ・ジェームズが好きなキーボード・プレイヤーです。リック・ウェイクマンは、彼の使う音が好きなんですよね、色んな音を使う所が。新しいロックの創造性という点では彼とは合致する所がありまして、近々ビールでも一緒に飲もうと思ってます(笑)。

イエスとかEL&Pはバンドとしては好きじゃなくて、単にウェイクマンの音、あるいはボブ・ジェームズにしても彼のアレンジというアプローチだけで、そのミュージシャン全体が好きというわけじゃないんですけど。最近ではユートピアとか10CCなんか聴いてますね。安全バンドのライヴは観たことないけど、レコードは何回も聴きました。僕はセカンドより『アルバムA』のほうが好きですね。一つの柱としてガッツとか強さとかのあるのは『アルバムA』のほうだと思います。長沢君の書くメロディー・ラインはたいへん好きです。詞の世界は僕の思ってるのと違いますけど。

現在のロック・グループに対して思ってることは、やっぱりコンサートの中で何かインパクトを与えるものを持ってほしいな、ということです。日本でいいなと思うのは四人囃子ですね。何か新しいものをやって行こうというような、いろんなたくらみを持っているバンドという意味でね。変に商業ベースに乗っていないし。メンバーが変わってもそういう彼らの伝統的な良さを残して行こうとしている所はいいですね。

プリズムみたいなのは、時流に乗ってるとは思うけど・・・僕はあまり好きになれないですね。僕なんかミュージシャンという以前に、ひとりの人間として音楽と親しみたいっていう気持ちのほうが強いし、やっぱりうまいなぁとは思うけれども、もっと単純な所で一緒に楽しめる音楽の方が好きです。


牧野:ゥワオ!ロックンロール!!僕の場合、エレキギターを始めたのは遅くて、5年前ぐらいですね。中学・高校とブラスバンドに入ってて、音大志望だったんです。でも全然違ったものをやりたくなって、ギターを始めたわけ。最初CSN&Y風なものをやってたんだけど、ポコなんか好きになって、エレキギターになったんです。好きなグループはいっぱいあるけれども、僕は一週間おきに変わって、最近ではバン・ヘイレンが好きだし、今テープで改めて聴いているのはオーリアンズとかイーグルス。どちらかというとアメリカン・ロックが好きですね。

ブリティッシュでは、クラシック音楽をもろに利用しているウィッシュボーン・アッシュなんかが好きです。パープルは時代の流れとか回りの環境で仕方なく聴いてたけど、リッチーのギターは好きです。あとはボストンのトム・シュルツとかイーグルスのドン・フェルダーとかジョー・ウォルシュとか・・・。

僕が彼らのギターを好きだというのは、アンサンブルの中のギターの位置の占め方という意味なんだけど、ソロとしては、ジェフ・ベックとかジミ・ヘンが大好きなんです。そのどちらもめざさなければ、今のグループはやって行けないけど、本当はね、HEROにもう一人ギターがいて、僕はその後ろでサウンドづくりの核になるような形でやりたいんだけど・・・。ギター・プレイヤーというよりコンポーザーみたいのを最終的に意識してるから。

昔の安全バンドとか頭脳警察とかエムとか、いわゆる日比谷野音時代のロックと、今の日本のロックとは全然違うと思うんですよね。ロックっていうのは、自分の主張を通すっていうのと、メジャーにいなきゃいけないっていうのと、中途半端な位置にいると思う。だからチャーのように思い切ってメジャーに行っちゃう人間っていうのはうらやましいけど、俺はやっぱりあそこまではやりたくない。でも売れなきゃ俺たちのバンドは続かないのも事実だから、今は多少は自分の音楽は犠牲にしても売れるほうを考えて行かなきゃっていう気持ちはある。


吉沢(マネージャー):チャーにしても世良にしても、個人を売ってるわけですよね。私はバンドとしてHEROを売って行きたいですね、バンドが好きですから。長沢さんが書く詞もメロディも、私の思っている売れセンに近いと思っています。だから今のサウンドのまま続けて行ってほしいですね。ただ、服装だけはもっと若々しくしてもらいたいですが(笑)。汚いのがロックという考えは捨てて、何しろ、ファンにとっては憧れの世界なんですから、ロック界だって。


*「ロック御三家」云々は、Char、世良公則、原田真二の三人が当時ヒット・チャートの上位に顔を出すほど売れて、「日本のロックのメジャー化」が語られた状況にまつわる発言です。

※長沢ヒロの写真は、HEROの活動開始にあたって撮影した宣材用のものです。また現時点での理解のために、元の文章を一部編集・修正した所があります。

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