[1980年11月2日 埼玉会館大ホール フラッシュバック!70-80
URC創立10周年記念フェスティバル]

『ジークフリードはジッパーさげて』
1980.11.2@埼玉会館大ホール

ジークフリードはジッパーさげて
作詞・作曲:カムラ

personel
天鼓(vo,g)
カムラ(vo,b)
まなこ(g)
可夜(key)
宮本(ds)

memo1

彼女たちとの出会いは、元々は、キーボードの可夜さんが「3ポイント」(History〜3point参照)という店の運営スタッフだったことに始まると言えるだろう。

3ポイントは75年末には閉められたのだが、しかしその数年後の78年秋、可夜さんたちが早稲田に開いた「JORA」というイヴェント・スペースに、「ロック・バンドやりたいから、やり方教えて」と、管理人は呼ばれたのであった。

いや、「バンドをやるんだったら教えてやるよ」と、頼まれもしないのに恩着せがましく訪ねたのかもしれないが(笑)、とにかく管理人がその時「これが初心者の基本」として練習用に作って渡したテープに入れた曲で覚えているのは、「Jumpin’ Jack Flash」(ストーンズ)と「You Really Got Me」(キンクス)の2曲で、どちらもそのまま彼女たちの初期のライヴのレパートリーにもなった(註)。

で、そのJORAで行なわれた練習にもつきあったわけだが、彼女たちの演奏は・・・はっきりいって「ダメだこりゃ」と思った(笑)。しかし楽器を持って演奏するということ自体が全員ほとんど初体験なのだから、最初からうまくいかないのは当然、私はその心意気やよし、とは思っても「やめたほうがいいよ」とは言わなかった・・・はず(笑)。

そして、演奏の技術的な破綻の裂け目から、何やらえも言われぬ呪術的な迫力をもった独特のサウンドが紡ぎ出されるようになるのに、あまり時間はかからなかった。

水玉消防団が大きく「化けた」のは、初めはドラムだった天鼓をヴォーカル&ギターにコンバートし、宮本がドラムに回った時だったろうと思う。この音源でも聴けるように、ドラムから解放されて自由になった天鼓とカムラのツィン・ヴォーカルは強力で、この二人は、そのヴォーカル・パフォーマンスだけを純粋抽出したハネムーンズというデュオとしての活動も展開するようになる。

水玉には、この「10周年記念」イヴェントの後も、81年の埼大「むつめ祭」オールナイト、83年の「Flight! ’83」(埼玉会館)、85年の「田島ヶ原」に出演してもらった。またカムラは、86年の田島ヶ原に山猫というバンドで出演している。(水玉消防団及び天鼓についてはこちらを参照)。

※ハネムーンズは、上記「Flight! ’83」や、同年11月の「むつめ祭」オールナイトなどに出演してもらっている。

memo2

今思うと、URCにとっては、水玉は「初めて関わったこの国のパンク/ニュー・ウェイヴのバンド」ということになるのかもしれない。

70年代後半、当時の既成のロックに飽き足らず、「こんなもん聴かされてるぐらいだったらヘタでも自分でやったほうが百倍まし」と、昨日までノン・ミュージシャンだった人間が、むんずと楽器をつかんだその日に始めたのがパンクだったとすれば、水玉はまさにパンクそのものだった。彼女たちは世代的にはオールド・ウェイヴ寄りだったわけだが、パンクをそのように捉えるなら、無論年齢は関係ない。

同時に、単にスリー・コードで突っ走るだけではない、ソフィスティケイトされた音楽性を合わせ持つ「ニュー・ウェイヴ」でもあった。ただしそれは、イギリスのレインコーツなどとシンクロする、「女の視点からのロック」の試みという、重要な同時代性も意味する「ニュー・ウェイヴ」であり、パンクが商業化して薄められた形の「ニュー・ウェイヴ」では決してなかった。

次回音源upを予定している、安全バンド解散後に長沢ヒロが結成したHEROは、「ニュー・ウェイヴを取り入れた」バンドだったが、水玉は「そのもの」だったという言い方もできる。

そして相前後して、プログレ・バンド「マンドレイク」からパンク/ニューウェイヴ・バンドへと「変換された」P-MODEL、あるいは所沢から登場した当時10代の純正パンク・バンド、鉄城門ともURCは出会う。

HEROも水玉も鉄城門も皆出演した79年の「田島ヶ原」や、それに加えてP-MODELも出演しているこの「創立10周年」イヴェントは、パンク/ニュー・ウェイヴの台頭という当時の状況を、当然とはいえ彩り豊かに反映していたわけである。


(註)ただし、彼女たちがかなり自由につけた訳詞による日本語ヴァージョンで演奏された。「You Really Got Me」など、オリジナルにしか聴こえず、今回改めて音源を聴き返し、MCで曲名をそう紹介しているので初めて気がついたほど(笑)。

そうしたスタイルは、初期の水玉のステージの演奏曲目の多くを占めていた。英米ロックのヒット曲、「名曲」を、不協和音をまぶしながら強引な日本語化と奔放なヴォーカル・ワークで解体・蘇生する様は、痛快至極であった。

「名曲」「ヒット曲」を物神化して奉ってしまうことが、まるで「ロック」的ではないことを彼女たちは知っていた。水玉によってぶち壊され、そして新たな命を吹き込まれる幸運に与った曲には、他に以下のようなものがある。

●Because The Night(パティ・スミス)
●Space Monkey(同)
●Steppin’ Stone(モンキーズ)
●Jean Genie(デヴィッド・ボウィ)
●Rebel Rebel(同)
●心の旅(チューリップ)←これは元々日本語ですが。でもやっぱりぶち壊してることには変わりありません(笑)。「You Really Got Me」に並ぶ破壊度。