長沢ヒロ
***personel
長沢博行(vo,b)
森永淳哉(g,ch)
三国義貴(key,ch)
高橋まこと(ds)

▲西安コンサートの前夜祭(壮行会)として埼玉会館で開かれたイヴェントのフライヤー

(メモ1)

コンサート開催までの経緯

日中間がギクシャクする今日このごろ、1994年、URCが「西安ロック・プロジェクト浦和」に参加し、市民レベルの日中友好事業として敢行した、長沢ヒロの中国・西安公演の音源をupします(2005/6/4)。

しかし、とはいえ何でまたURCが中国まで出かけていってイヴェントを開いたのか・・・実現に至るまでの経過や現地での波乱万丈のその物語も含め、それを文章化する作業は、たいへんすぎるので後日に譲って、以下、上掲のフライヤーの裏面に掲載された経過説明文にて、とりあえず代用させていただきます。

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●長沢ヒロの西安ライブと西安ロックプロジェクト

1994年4月30日と5月1日の2日間、西安(昔の長安)の人民劇院で、長沢ヒロのライブコンサートが中国の青年たちの手によって開かれる。

この話は、浦和市民連合の知り合いが、西安の大学に客員教授に招かれたことから始まった。彼の教え子の一人が、卒論に「日本におけるロックの消長」というテーマを選び、相談の手紙をよこしたのが93年1月のこと。そのとき、URC代表の高沢正樹氏が日本のロックミュージシャンを紹介した中に、長沢ヒロがいた。彼は、日本のロックの黎明期を担った「安全バンド」のリーダーで、ちょうどそのころ長い沈黙を破って、URC主催の「HIROISM」と名付けたイベントでの活動を再開したところだった。

そして、93年5月。客員教授を西安に訪ねた私たちに、その学生は「ぜひ長沢ヒロさんを西安に呼んでコンサートを開きたい。協力をしてほしい」という話を持ちかけてきた。彼は一方で「西安ロック普及弁公室」のメンバーで、中国にロックを普及させることによって、古い権威に従うのではなく新しい生き方を作り出して行こうというメッセージを、人々に伝えたいという。

彼らの話を聞いて、何とか長沢ヒロの西安コンサートを実現させたいと私たちは思わずにいられなかった。日本に戻って早速URCの高沢氏と長沢ヒロに相談したところ、「向こうの連中がそこまで言ってくれているのなら」と話は転がり始めた。日中共同のプロジェクトとして協力してコンサートを開催しようということになり、93年9月には下見と打合せをかねて高沢氏が西安に出かける一方、「西安ロックプロジェクト」が設立され、資金作りのため広く協力が呼びかけられた。

中国で外国のバンドがコンサートを行うには、まず政府の許可が必要だ。会場を確保しPA等の機材をそろえるのも日本と事情が違い、たくさんの書類が日中間を行き交った。言葉の違い、社会体制や文化の違いは、思いもかけないたくさんの人々の協力と、日中関係者双方の熱意によって、ひとつひとつ乗り越えられていった。そしていよいよ長沢ヒロ西安ライブは今年4月30日実現の運びとなる。

西安で日本人によるロックコンサートが開かれるのは史上初めてのことである。

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この公式文書に付け加えておくと、「HIROISM」は、87年のURC事務所閉鎖〜活動休止後、管理人が満を持して(というほど大げさなものでもないが)91年12月から始めた、長沢ヒロをメインにした浦和での企画名であり、西安公演は、その思いもよらぬ大団円ともいえるものなのだった。

(メモ2)

上記のメンバーからなるバンド自体は、この西安公演のためだけに一時的に結成されたもので、企画名ではなくバンド名として「HIROISM」が使われたのはこの時だけのこと(それまでは上掲フライヤーにある通り長沢ヒロのバンド名は「HOW ARE YOU?」だった)。準備期間は2ヵ月もなく、数度のリハーサルと埼玉会館での前夜祭コンサートをこなしただけで、中国での本番に臨んでいる。

キャリアを積んだミュージシャンぞろいとはいえ、当然彼の地では全くもって無名の存在であり、歌詞も含め日本語の通じぬ中でのガチンコ勝負だったわけだが、しかしいずれも皆腕達者の豪の者、長沢ヒロを核として、非常にロック・バンドらしい一体感と勢いのある演奏を展開、両日とも1、000人前後集まった聴衆を総立ちにし、魅了したのはさすがだった。

ところで元ページのポスターの画像、タイトルの所で「友好」という文字が不自然に刷りこまれているが、本当はその下には「揺滾」(ヤオグン)という、中国語でロックを意味する文字があった。しかし、すべてが当局の許可制である中国で、まだ権力にうとまれているロックを前面に掲げるのはまずい、という現地主催者側の学生の判断で、急遽変更されたのだった。

(メモ3)

「ガキのまま」は、その90年代前半の「ヒロイズム」という企画のテーマ・ソングともいうべき、長沢ヒロ90年代の傑作。

「獅子座の夢」は、バックパッカー仕様の生ギターによる、長沢ヒロの弾き語り。歌詞に「万里の長城」が出てくるが、中国公演なんてことは夢にも思っていなかった91年の作品。もちろん西安の聴衆には初耳だったわけだが、ペンタトニックの心地よいメロディ・ラインに引きこまれたか、会場中の唱和で終る様子は感動的。

「西安」は、中国体験を元に帰国後に作られた曲で、8chのカセットMTRによる長沢ヒロの一人多重録音。胸にしみいる名曲である。

なお中国体験を元にもう1曲アップ・テンポの曲も作られたはずだが、正規には未発表。

VIDEOのページに、このイヴェントの模様を収録して当時制作した、公式ビデオのダイジェスト映像がUPされています。