URC HP公開への日々(2)
(その2)

前回のこのページや他のページに自分で書込んだ文章を、開設して一区切りついたあと読み直すと、一般公開ということでちょっとリキが入ったか、「ウッドストック」を必要以上に否定したがっている気もする。

近くで見てた人は今さら別に驚かないだろうが、創設者・蓮実さんへのInterviewのページでは生々しくアナキストの話が出てくるし、いわゆるLOVE&PEACEのノリとはズレる部分に、半端にURCを知っている人の中には、少し面喰らった方もいるかもしれない。

だがまぁ、そんなふうに書きたくなるくらい、パターン化された見方にうんざりさせられてきた、ということなのだが、そういえば、こんなこともあった。

たぶん76、7年だったと思うが、ニュー・ミュージック・マガジン(NMM、現ミュージック・マガジン)誌に、その年の「田島ヶ原フリー・コンサート」の告知の掲載を頼むべく電話をした時のこと、応対した編集部員が、「フリー・コンサート」と聞くや、「いつまでもそんなことをやっているべきでない」と文句を言い始めたのである。

まったく大きなお世話だが、NMMはとうようさんがジェリー・ガルシアを厳しく批判してた気がするし、おおかたこちらがデッド・フリークかなんかだと思ったんじゃないか。そういえば、デッドはURCでは全然人気なかったな。ふだん話題に上ることもほとんどなかった。「まったくのNO DRUG、酒もろくに飲まない・飲めない健全空間」なんだから、当然と言えば当然だが。

どうせ勘違いするなら、70年代後半に、ヒッピー的な思想も継承しつつイタリアで独特のフリーの思想を展開した「アウトノミア」運動でも引き合いに出してくれれば嬉しかったんだけど。どうせ勘違いするなら、ね。

でも、アウトノミアはアナキズム的な側面も強かったから、少なくとも前掲の蓮実さんへのInterviewで明らかになった「URCの出自」に照らすと、あながち僭越な引用ではないかもしれない(アウトノミアについては、今ちょうどいい紹介がみつからないが、とりあえずこことかもっと興味のある人はこことか、適当に検索してみてください)。

さて、あまり「URC HP公開への日々」という文章になってない気がするのでいきなり話を戻すと、そんなわけで「本+カセット・テープ」の構想がネット上の「ホームページ」という形に変わり、こうしてofficial websiteの開設に至ったわけである。時代の流れに沿ったその変化を促してくれたのは、直接的には四人囃子のHPの存在だった。

99年9月の日比谷野音での「MUSIC BAZZAR IN 野音」というチャリティ・コンサートで、URCの元スタッフのU氏から「囃子のホームページがすごくよくできてるんだよ」と教えられて、webmasterのあおきドナウさんを紹介された時のショックは今でもはっきりと覚えている。

「本+カセット・テープ」の構想の目的としてあった「URCの来し方の総括」という中には、当然「安全バンド」という項目も大きく入っていたわけだが、「あぁ、囃子にはもう立派なHPがあるのか・・・安バンは・・・自分がやらなきゃ永遠にできないよなぁ・・・」と焦らざるを得なかった。

その時から今年で6年目だから、「どこが焦ってんねん」と突っ込まれると困るが(パソコンとかネットとか、そうしたテクノロジーの世界には元々オクテで、だいたいその時まだパソコン持ってないんだから、その分は割り引いてもらって)、とにかくそのショックがなければ、もっと遅れていたことは間違いない。

さらに、実際に自分でサイトづくりを考え始めた時に、囃子のHPに具体的な手本にさせてもらったことは枚挙にいとまがない。今回の開設前にもたずねごとをさせてもらったり、そんなわけで、ドナウさんにはとても感謝しています。そして、大いなる情報量を誇る四人囃子のサイトをこの世に在らしめた、その熱意と実績に改めて敬意を表します。

・・・ところで・・・また話を戻してしまうようで何なんだが(しつこい)、こんな記事があったのを思い出した。99年12月5日の朝日新聞、埼玉版トップの「さいたま解剖」。

『1970年代初めに、高校生らが「反核・反戦」のメッセージを込め浦和ロックンロール・センター(URC)を組織したのが県内バンド活動の始まり、といわれる。』

この記事に関しては私は取材を受けていないので、いったいどこで何を調べたのかよくわからないのだが、これもまた蓮実さんへのインタヴューを読めばわかるように、URCそのものは、"「反核・反戦」のメッセージを込め"て組織されてなんかいない。ロックが面白そうだから、ロックが好きだから、始められただけである。

結局ノンポリのヒッピー的な青春群像か、じゃなければ「メッセージ・ロック派」像か、粗雑な二分法でしかあの時代の「ロック」を考えられない構図が透けて見える。というか、そういうストーリーが先にあって、それに目鼻をつけるために取材するだけなんだよね。だから実のところはこっちの話なんて聞いてないし、ろくに調べようともしない

誤解なきよう書き加えると、我々の活動が、何か高度で高尚なものだったと言いたいのではない。こんなサイトを始めたことを時々後悔するぐらい(「URC HP後悔への日々」なんちて。スンマセン)情けないほど粗雑で稚拙なものだったとほんとに思うのだが、だからといって、その「事実の認識」について、メディアに関わる者が粗雑であっていいことにはならない。

まぁかつて色々駄文を書き散らしてきた我が身をふり返れば、他人に偉そうには言えないとも思うけどさ。

つづく

05.4.3記