*◎1970年12月13日(sun)◎
玉蔵院ロック・フェスティヴァル

このコンサートがURCにとっての初の正規のライヴ・コンサートであり、野外イヴェントであった。この日浦和の、埼玉の空に、恐らく初めてロックのサウンドが鳴り響いた。

「玉蔵院」(「ぎょくぞういん」と読む)というのは浦和の街の真ん中に古くからある小さなお寺の名前で、その境内で開かれたこの企画には、ブルース・クリエイションをメインに、地元(熊谷)のアマチュア・バンド「ミキシング・マシーン」と、四人囃子の前身ともいうべきバンド「ザ・サンニン」(会場での表記は「座・三人」)などが出演した。

ステージは、前日に知人を通じて国鉄から線路の枕木を借りてきて、URCスタッフと協力者の手で夜までかかって組まれたが、組み終った直後から激しい雨が一晩中降り続け、一時は開催が危ぶまれるほどだった(当日配付する機関誌を徹夜で制作中の蓮実の、豪雨に焦る様子が、その機関誌に書きとめられている)。

だが夜が明けるとようやく雨は止み、予定通りにコンサートは開かれた。機材類は出演バンドやURC関係者の持ち寄りで、電源は、驚くことに近くの電柱の街灯のソケットから(勝手に)引いて間に合わせている。

上に掲げたB4のポスターは1,100枚制作され、別デザインのもの500枚を加え(すべてガリ刷り)、駅頭での手配りや店置き、電柱に貼り出しての宣伝が行なわれた。むろん「シティロード」も「ぴあ」もまだなく、宣伝というのは人力に頼る所すこぶる大だったところ、ラジオの深夜放送の番組内での告知が4、5回流れている(当時、若者向け深夜放送は、アマチュアのイヴェントに協力的な対応があった)。

この日配付された前掲の機関誌(第2号)には、初めて「Do What You Like」という誌名が付されている。この命名は滝口によるもので、BLIND FAITHの曲名からとられた。内容としては、蓮実の「70年冬期決戦に向けて」という文章を初め、各スタッフのこのイヴェントへの決意表明ともいうべき原稿が並んでいる。

ところで「ザ・サンニン」は、この日メンバーの一人森園勝敏は病欠で(前月の「ロックンロール・ダンジョン」にも彼だけ来なかったし、病気療養中?)、中村真一と岡井大二の2名に急遽「ミキシング・マシーン」のベーシストを加えてのセッション的な演奏だった。そんなわけでこの日も中村真一はギター&リード・ヴォーカルを担当している(Archive-photo1参照)。

つけ加えておくと、安全バンドはまだ結成されていないので、この日は当然出演していない。

※このポスターのみ、完全な形ではオリジナルが残っておらず、印刷物からのスキャンになるため画質が荒いです。