*◎1970.10.14 (wed)◎
ジミ・ヘンの魔法のランプ

ポスターには「ウラワ・ロックンロール・センター結成のアピール」という文言がある。前年の「黒くぬれ!」同様、浦和駅近くの東電のビルの貸しスペースを借りて開かれた、このジミ・ヘンドリックス追悼レコード・コンサートが、URCの歴史の第一歩だった。

この創立時におけるスタッフは、中心人物である蓮実研一に加えて、滝口修一、山本純、蒼ワタルの4名。ジミ・ヘンが逝ったのは、ほぼひと月前の9月18日だが、突然の訃報にやりきれぬ思いが、URC結成への気運を決定的なものにしたのだろう。

当日集まった客は70名ほどで、URCのメンバーがDJをしながら次々とかけるロックのレコードを聴いた。用意したパイプ椅子が足りずはみ出た者は、フロアに座り込んだり寝転がったり、あるいは後方で立ったまま聴いていた。

音響装置は、再び滝口所有の家庭用ステレオ・セットが持ち込まれた。音量的にはものたりなかったはずだが、しかし学生・高校生を中心に集まった参加者の熱気は極めて高く、「趣味の集い」といった感じではまったくなかった。

それは、音そのものも含め、ロックの情報を得ることが非常な困難を伴った時代の飢餓感ゆえだろうし、そして何よりも、ロックをキーとして自分や世界を変革できるという期待や幻想が、後の時代とは比較できない形で激しくあったがゆえでもあろう。

この時、後に「Do What You Like」と名付けられる機関誌の第1号が配付されている。わら半紙/ガリ刷り/B5で18ページあるが、うち11ページは蓮実さんの論文で、中でもびっしりと細かな文字で7ページに渡って書込まれた「ジミ・ヘンと魔法のランプ〜ジミ・ヘンドリックスについてのノート」は力作であり、御本人の承諾が得られれば、後日内容をupしたいと思っている。

ところで管理人はこの時高2で、まだ客として会場にいたのだが、ストーンズのライブ盤「Get Yer Ya-Ya's Out」から「悪魔を憐れむ歌」がかかり、「スタジオ盤と全然違うなぁ」とちょっと拍子抜けしたのを覚えている。

ポスターにはそのレコードが「日本未発売」と書いてあるが、メンバーの一人が近くのレコード屋(たぶん今はなき「演奏堂」)で買ってきて会場に駆け込み、出たばかりの新譜として勇んでこのレコードをかけたような記憶があるので、当日には日本盤が発売されていたのだろう(浦和では輸入盤は買えなかった)。

集まった70人の内、10人ぐらいは知った顔だったと思うが、あとは知らない人間で、にも関わらず、「ロックを選んで集まった者たち」としての、つまり「世の中にとっての異物を選んだ者たち」としての、選民意識的連帯感があったように記憶する。

別に「強烈に」というわけではないし、その連帯感にいかほどの意味があったのかはともかくとして、しかしほとんどの人間は、単に「ジミ・ヘンのレコードが聴きたい」というような具体的な理由だけで来たのではなかったはずだ。事実、このイヴェント終了後蓮実は、個々のレコードの感想ではなく「ロックとは何か」という問答を綴った手紙を、当日の参加者から何通も受け取ることになる。

※ポスター下端には、「協力=麻薬撲滅運動推進協議会浦和支部」というクレジットがあるが、こうしたシャレのセンスも、蓮実のもの。

※ポスター右下部の囲み部分は、クリックすると詳細を読むことができます。