あんぜんバンド

相沢友邦(G.&Cho.)
相沢友邦
19762001
●1953年7月8日 北海道下川町に生まれる

●1965年 兄(民男)と共同でガット・ギター購入

奪い合いながら夢中で練習する。ベンチャーズ、ビートルズ、ストーンズなどをコピーして女の子の気をひく。

こつこつ貯金して購入したエルクのカトラス・ギター、ヤマハのウエスタン・ギターなど、ことごとく兄(民男)に奪われ涙に暮れる(笑)。

●1969年 函館において開催されたウエスタン・カーニバルに出演する社会人バンドに、リード・ギターとして参加

地元各高校の文化祭でのセッションにも、飛び入りで参加して回る。

当時演奏した主な曲は、「Menphis Underground」(ハービー・マン)、「White Room」(クリーム)、「Blues De Luxe」(ジェフ・ベック)など。他にテン・イヤーズ・アフター、、ストーンズなど。

●1971年 函館市民会館にて初めて安全バンドを観る

共演はブルース・クリエイションだったが、この時安全バンドのサウンドに非常な衝撃を感じ、自分自身の将来を確信する。

●1972年 某大学入学に合わせ上京

当時学園紛争が激しく自校のロック・アウトが続いたため、安全バンドの母校、東洋大学に入り浸り、軽音楽部の面々とセッションをくり広げる。

1975年 安全バンドに加入

当初はサイド(リズム)・ギター的なポジションだったが、75年11月の相沢民男脱退後、セカンド・アルバム「あんぜんバンドのふしぎなたび」のレコーディング以降は、リード・ギタリストとして活躍。

●1977年 安全バンド解散

解散後東洋大学の友人Kと意気投合、「オアシス」というバンドを立ち上げるが、メンバーが定まらず、Kと共に曲作りに専念。数十曲を完成させるものの、1981年のKの渡米を機に、オアシスは消滅。1983年の一時的な安全囃子結成(@埼玉大学/むつめ祭)への参加を最後に、音楽活動を停止。

●1987年 現在も勤務する食品関係の会社に就職

●2000年のURC創立30周年記念イヴェント(@北浦和Ayers)を皮切りに、復活安全バンドに参加

●敬愛するアーティスト

レイ・チャールズ、ジミ・ヘンドリックス、もちろんビートルズ

●好きなミュージシャン

スティング、クラプトン、B.B.キング

●好きな食べ物 納豆・味噌ラーメン・ウニ・毛ガニ

●趣味 休日の早起き